2018.01.26 船出
今朝、6時台の新幹線で、上の倅が九州での生活に向かいました。
解かってはいても、なんだか「ポカン」と穴が開いたような感覚になります。
「身体を壊すなよ」
送り出しの言葉

今年の連休は「博多どんたく」を観に行きますか。
下の倅を誘って、車で移動かな。
自動追従車だと楽そうだなぁ。
「途中の厳島神社に寄り道しようか」なんて会話をしています。

感覚がかなり変わりました。
2018.01.21 暮らす
倅の住居が決まった
当人は博多に住みたかったらしいのだが初期の費用がとても高いので久留米市にしたとのこと
職場はその中間位
今まで縁も所縁(ゆかり)もなかった福岡が急に身近になった
でも面白いことがあって、今回、倅が自分で決めてきた建物の名前が下の倅のアパートと同じ
それと私が東京にいたときに住んでいたところが東久留米市で「久留米」という字にとても親しみを感じてた
今日は土曜日で電話も少ないのでGooglleストリートで久留米市を散歩してみた
・人口30万の福岡県で3番目の都市
・市民歌舞伎
・お隣の佐賀市の方が近い
・峠を越えれば湯布院
吉田類が好みそうな繁華街なんかもある賑やかな街
なんか暮らしやすそうですね
福岡市まで電車で1時間半くらい?
新幹線なら上越~糸魚川くらい?

九州へ行く=旅行 だったのが、これからは変わるんでしょうね
「ちょっと倅のところに行ってくる」
だいぶ違うよね
2018.01.17 隣人
普段の生活でご近所付き合いというのは色々とあるものですが、これは国家でも同じようで単純に事は運びません。
いわゆる従軍慰安婦の話題がほぼ毎日ニュースに出てくるようになりましたが、この話が最初に出たのは95年ころだった気がします。
当時から識者は「こんなの、お金貰ってたのに何言ってんだろうね」なかんじで取り合うべきじゃない風潮だったと思います。
ところがかの国はしつこくロビー活動を繰り返すことをその後我々は知るわけですが、彼らにとって重要なのは”恨”を持つことで、この精神は過去から現在、そしてこれからも変わることはなさそうです。ここら辺のことは武田鉄矢氏もラジオで言っていましたね。

当時の日本国が慰安所を運営していたなどという言いがかりは今後も証明されることは無いでしょうが、事実とは違う観点で世界は動いているという事を日本国は考えるべきだと思うのですが、世論がそうならない限り変化は難しいのかもしれません。
ここら辺は昨今の電気自動車の動きにも現れていて「本当にいいもの」を探しているうちに流れから取り残されそうになるのがこの国の特徴なのかもしれません。

ご近所に鬱陶しい住人がいると生活が大変ですが、向こうもそう思っているかもしれませんのでここはお互い様。正直に立ち回ってもうまくいきそうにないので上手にやるしかないんでしょうね。
2018.01.14 旅立ち
上の倅が福岡で生活することになりそうだ
この話が出てからというものカミさんはふさぎ込んだ挙句に倅と口をきかなくなった

「ちょっと帰ってくるってわけにいかないじゃない。それに向こうで結婚でもしたらもう絶対に実家になんか寄り付かないわよ」
気持ちはわからないでもないが地球の果てに行くわけじゃなしそんなに怒らなくても

上越から福岡県の倅が行くところまでの交通費などをちょっと調べてみた
電車だと
~金沢~(サンダーバード)~京都~(のぞみ)~福岡~(在来線)で
8時間30分くらい 指定で25,000円くらい
最短は飛行機だけど7時間半程度なので費用対効果のが感じにくい
費用的に車だとどうかというと
1080Kmくらいあり高速代が21,000円ほど、プラス燃料代で1万くらいか
時間的には12時間
なので2人で行くには新幹線が一番現実的で日帰りも不可能じゃない
余談だが、こうやって交通費などを調べていると新潟~首都圏って近いんだなとつくづく思う

男ってバカだから理屈で物を考えられないところがあってどうしてもそうしなければならない場面も出てくる
だからあまりにも幼稚で浅はかなこと以外は応援してあげたいというのが私の気持ち
旅立ちってそんなに綺麗なものじゃないのかもしれない
でも時がいいものに変えてくれるような気はする
昨年の暮れに「くびき野フォーク村」なる団体に参加するべく申請を出しました
70~80年代のフォークソングを演奏したりすることを主目的とした集まりで、専らアコースティックギターを奏でながら歌を披露する感じが強い集まりです
私は歌うことに関しては全く自信がなく、音域も狭いのですが、楽器を演奏することに関しては幼少のころから大好きでそれは今でも変わらなかったりしていますので、そこら辺の部分でお役に立てればなと思った次第です。

今、私が一番演奏することの多い楽器はエレキベース
25歳の時に始め、30台のころは殆ど弾かず40台になってから復活して毎年数ステージをこなす感じで来たので通算20年の稼動実績みたいな感じ
このベースの良いところは音楽ジャンルにとらわれず参加が可能なところ
なのでフォークでもアコギだけのユニットに参加するといい感じになったりする場合も多いです

高校生の頃、音楽関係で憧れていたのはスタジオミュージシャン
名だたるシンガーのバック演奏を務めたり、レコーディング時の演奏をしたりととにかく腕が立たないと成り立たない世界に惚れていました
その当時はまだベースを弾いたことはなくエレキギターばかりで、ペンタトニックスケールを覚えたばかりでひたすら毎日アドリブ演奏していました
自分の部屋にテレビがあったので(70年代だから今とは大違いでテレビがあること自体がすごかった)流れてくるCM曲などに合わせてひたすらアドリブを弾く毎日
この若い頃に覚えたものってなかなか忘れないもので、いまだに突然ギターを持ってリードをアドリブでやるなんてことは苦にならない感覚はあります
ベースに関しては20代半ばから始めたこともあり、ここ近年になってようやく手になじんできて手元を見ないほうが演奏しやすくなりました
最近は音の長さのセンスを磨くことに神経を注いでいて、これはライブでないとなかなか実感しにくい気がしてます
「ベースは休符を唄う」とは誰かの言葉ですが全くそう思います
早いパッセージは弾ければOKですが、単調で白玉なんかあるものは音を切るセンスが求められて苦戦します

なんていう風に今年は楽器演奏に少し道を開けられたら嬉しいなと考えています
機会があったらいろいろとやってみます

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